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山形地方裁判所鶴岡支部 昭和45年(モ)64号 判決

債権者 山形トヨペット株式会社

右代表者代表取締役 奥山源内

右代理人弁護士 古沢久次郎

右復代理人弁護士 高山克英

債務者 斎藤新一

右代理人弁護士 津田晋介

主文

一、当裁判所が昭和四五年(ヨ)第三七号仮処分申請事件について昭和四五年八月二四日になした仮処分決定は、これを取消す。

二、債権者の本件仮処分申請を却下する。

三、申請費用は債権者の負担とする。

四、第一項にかぎりかりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(債権者)

一、債務者の別紙目録記載の自動車(本件自動車)に対する占有を解いて、債権者の委任する山形地方裁判所の執行官に保管を命ずる。

二、執行官は右保管にかかる自動車を適当な場所に格納保管しなければならない。

三、執行官は右一、二項の処分を公示するため適当な方法をとらなければならない。

(債務者)

主文第一ないし第三項同旨。

第二、当事者の主張

(債権者)

一、申請の理由

(一) 本件自動車は債権者の所有であり、かつ、その旨の登録がなされている。

(二) しかるに、債務者が同車を占有して使用している。

(三) 債務者が右使用を継続すれば、同車は毀損され、無価値になる虞れがある。

(四) よって、債権者は同車の所有権を保全するため、前記裁判を求める。

二、抗弁に対する答弁

(一)1、抗弁一項は不知。

2、同二項のうち債権者と有限会社児玉自動車(以下、児玉自動車と略称)がディーラーおよびサブ・ディラーの関係にあることは認める。その余は争う。児玉自動車は債権者に専属するものでなく、各メーカーの自動車をそれぞれのディラーから卸売を受け、小売をしているものである。本件自動車は児玉自動車に対して所有権留保付約款で割賦販売をしたが、同社が割賦金の支払をしないため、同車の所有権は債権者にあるものである。

(二) 抗弁(二)項は争う。

(三) 同(三)項は争う。前記の如く、債権者は所有権留保の特約により自己所有の自動車の引揚げをなすものであって、権利の濫用にあたらない。

(債務者)

一、申請の理由に対する答弁

(一) 申請の理由(一)項のうち本件自動車がもと債権者の所有であったことおよび(二)項の事実は認める。同車は債務者の所有である。

(二) 同(三)項は否認する。

(三) 同(四)項は争う。

二、抗弁

(一)1、本件自動車は債務者が昭和四五年一月三〇日児玉自動車から代金六五万円で買受けてこれを占有しているものである。

2、ところで、債権者と児玉自動車はディラーとサブ・ディラーの関係にあり、児玉自動車は債権者傘下の販売網に属する一販売店である。したがって、債権者は本件自動車の売買について第三者でなく、自己傘下の一販売店である児玉自動車を通じて債務者との間でその売買をした売主にあたる。すなわち、同車は債務者が債権者から販売店を通じて買受けたもので、債務者の所有である。

(二)1、かりに債権者の主張するように、債権者が児玉自動車に対し本件自動車を所有権留保付約款で売り、同社が代金を完済せず、その所有権が債権者にあるとしても、債務者は児玉自動車から同車を買受け、平穏、公然、善然、かつ無過失でその引渡を受けたものであるから、同車を即時取得したものである。

2、債務者が買受けにあたり、登録名義について関心を払わなかったからといって、一般に店舗を構えて広く一般に販売している業者から買受けるものは、店舗によって広く公衆に販売している業態を信用し、登録名義について関心を持たないのが普通であるから(現に債務者代理人自身も自動車を買受けて代金完済後六年もの間、登録名義を変更しないまま自動車税を納付している)、債務者に過失があったとすることはできない。

(三) かりにまたしからずとするも、債務者が児玉自動車に対して所有権留保で売り、代金の完済がなかったからといって、児玉自動車が債権者とサブ・ディラーとディラーの関係にあることを知らない債務者がサブ・デイラーの児玉自動車から善意で買受けたものであるから、ディラーの債権者がそのサブ・ディラーである児玉自動車に対する代金が未収であるとして、未収代金回収の手段として、本件の如き仮処分の申請をして本件自動車を引揚げることは、権利の濫用として許されない。

第三、疎明関係≪省略≫

理由

≪証拠省略≫をそう合すれば、訴外児玉自動車は自動車の販売、修理を営業とするものであり、その販売する自動車は主として債権者および山形日産から仕入れてこれを販売してきたものであって、債権者とは昭和四一年三月開業と同時に取引を始め、昭和四五年六月末まで引続き取引をなし、その間債権者から仕入れた三〇台近くの自動車を販売したこと、債権者と児玉自動車との取引は、債権者が児玉自動車に対し販売の目的で自動車を所有権留保付約款でもって割賦販売し、割賦金を完済したときに販売にかかる自動車の所有権を移転する販売形式をとっていたこと、本件自動車も債権者が昭和四四年一〇月三日児玉自動車に対し右所有権留保付の特約で割賦販売したものであること、児玉自動車は昭和四五年一月三〇日債務者に対し、同人から中古車を下取にして、本件自動車を金六五万円で売却し、同日右代金の支払を受けたこと、ところが債務者は本件自動車を買受ける際、児玉自動車のものと信じていたところ(児玉自動車は右売買の際まだ割賦金を完済していなかったので、同車につき所有権がなかったが、そのことは債務者に告げなかった)、同年二月上旬頃同車を整備のうえ引渡を受けた際、車検証の所有名義が債権者となっていたことから、はじめて同車が児玉自動車の所有になっていないことを知り、同社代表取締役児玉守に所有名義の変更手続を求めたが、同人から直ちに右手続をとるから待ってくれるように願われてそのままにしていたこと、かくするうち、債権者は児玉自動車が昭和四五年五月分以降の割賦金を支払わないので、本件自動車を買主である債務者から引揚げるべく本件仮処分申請に及んだものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する疎明はない。

二、右認定の事実によれば、債権者は児玉自動車と販売の目的で自動車の取引をしているものであって、その販売の方法としては所有権留保付割賦販売の形式をとっているため、児玉自動車が右形式により購入した本件自動車を債務者に販売して代金の支払を受けたのに、債権者に対する割賦金を完済しなかったので、債権者が本件自動車の所有権を留保していることを理由に債務者に対してその引渡を求めるべく本件仮処分に及んだものであることが認められる。そうすると、債権者としては児玉自動車に販売させる目的で同社と自動車の取引をしているものであるから、児玉自動車が販売のために債権者から購入した本件自動車を債務者に売ってその代金の支払を受け、債権者としては販売の目的を達したというべきであるのに、たまたま債権者が児玉自動車からその代金の完済を受けていなかいからといって、右事情を知らずして代金を完済した債務者に対し同車の引渡を訴求することは、販売の目的を逸脱したものというべく、しかしてまた債権者自らが負担すべき児玉自動車に対する代金不回収の危険を一般顧客たる債務者に転嫁することにもなって、余りにも販売会社たる債権者の一方的な利益のみに偏し、一般顧客たる債務者に酷な結果となるので、債権者が本件自動車の所有権が留保されていることを主張して債務者に対してなす本件仮処分申請は正義に反し権利の濫用にあたるものと解するのが相当である。

三、よって、債権者の本件仮処分申請は理由なきに帰するので、当裁判所が本件(昭和四五年(ヨ)第三七号)仮処分申請事件について昭和四五年八月二四日になした仮処分決定を取消し、本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法七五六条の二を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平)

〈以下省略〉

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